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時代小説

角田 喜久雄 作品  
    将棋大名

昭和61年3月20日 初版
東京文藝社
定価1200円

 
時は、江戸時代。平賀源内とその門弟、高島春作が巻き込まれる連続殺人事件には、恐るべき陰謀の影が・・・。死体に貼り付けられた詰め将棋の図が意味するものはいったい何なのか。主人公の平賀源内と高島春作は、将棋家、伊藤宗印の屋敷離れに寄寓しているという設定とともに老中田沼意次との繋がり、宗印の美しい娘、千代と春作との恋を引き裂かんとする松之丞とはいったい何物であろうか。尽きぬ興味で、一気に読み進むことが出来るこの伝記小説は、詰駒のない詰将棋と太閤駒という二つのアイテムが、事件の謎を解く鍵として重要な役を担っており、詰将棋の駒の意味が読み進むにつれ、読者にさり気なく分かる様に伝えているところが、絶妙と言える。伝記小説の傑作作品と言えよう。
     
 
    風雲将棋谷

昭和54年2月25日 第12刷
春陽文庫
定価360円

 
阪東妻三郎、市川右太衛門、勝新太郎の流れ星の雨太郎で三度も映画化されたことが有る本小説は、紫雲流縄術の秘術を繰る神田連雀町捕り物名人の仁吉のひとり娘、お絹とお絹を助ける義賊の流れ星の雨太郎、伝説の将棋谷にまつわる暗雲と謎。さそりを使う怪人黄虫呵の暗躍とともに謎が謎を呼ぶ。時は弘化二年、古今独歩の棋聖天野宗歩が京から江戸へ下って来た年という時代設定と、お絹が浪人侍との賭け将棋をするくだりとそれを見ていた雨太郎の将棋の指し手の指摘のくだりがあって面白い。特に謎解きのための将棋アイテムは無いのだが、息もつかせぬ時代サスペンスといった感の名作と言える。
 
    妖棋伝

昭和50年6月10日 初版
春陽文庫
定価400円


昭和10年初出発表の本作品は、角田喜久雄氏29歳の時の作品で、長編伝記時代小説を手がけるきっかけとなった傑作である。四枚の銀将「山彦」にまつわる謎をめぐって、郷士の武尊守人(ほたかもりんど)、妹の梢、守人を慕う将棋小町のお京、縄術を使う怪人縄いたち、南町奉行所与力の赤地源太郎、その妹の楓、謎の女 仙珠院、商人の元亀(げんき)、陣場一令(じんばかずはる)一味が織り成す痛快娯楽時代劇である。物語は、守人が、浅草駒形の裏通りで瀕死の黒装束の男と出会い、男が「やまびこ」の一言を残して絶命し、その右手に持っていた銀将1枚を手中にすることから始まるが、間髪入れずに現れたのが、縄いたち、さらに殺気立った浪人もの7、8人・・・。守人が逃げ入った屋敷が赤地源太郎の屋敷と、テンポ良く話しは進む。果たして四枚の銀将にはどんな謎が隠されているのか。 現代のデジタル映像を使ったリメーク映画として登場させてほしい作品である。
大栗 丹後 作品
徳川将棋秘帖

昭和51年8月30日 初版
双葉新書
定価630円

大阪城が落城し、その地下ぐらに蓄えられていたはずの太閤秀吉の莫大な金銀を得んと、徳川家康の命により赴いた家臣が目にしたものは、たった一枚の将棋図式(詰将棋図)であった。落城の最中、脱出に成功した豊臣秀頼と真田幸村が手にしていた将棋図式に秘められた財宝の在り処を解くための秘帖が賊に盗まれたところから財宝を巡り、徳川家康、柳生宗矩、十兵衛、島津義弘らがそれら思惑により暗躍する中、本編主人公である松平長七郎が幕府隠密の命を帯び、お江戸の売れっ子芸者のおえんを助けて活躍する痛快時代劇である。主人公の松平長七郎の得意な武器が、懐手からの電光石火の如く投げつける象牙製の将棋の駒というのが面白い。この駒により旗本にからまれたおえんを助け、名も告げず去って行くニヒルな素浪人である。

裏隠密発つ 二条左近無生剣

1989年6月20日 第9刷
春陽文庫
定価500円


この本は、上記、「徳川将棋秘帖」の焼き直しではないだろうか。随所に全く同じ文が登場する。登場人物も主人公の松平長七郎が、二条左近という名に変え、但し生まれは、松平長七郎は、徳川三代将軍家光の弟の徳川忠長の子であったのに対し、二条左近は、家光の叔父の松平忠照の子である。二条左近の名は、左近の母が京の関白家二条昭実の娘であり、昭実が左近衛大将であったことにちなんだ名とのことである。著者なりにオリジナリティ溢れる主人公に直したものと思われる。内容についても全くと言っていい程同じであるが、所々に登場人物が入れ替わっている場面がある。それは、柳生宗矩と真田幸村の役であり、入れ替えても遜色ない場面での起用となっている。他の登場人物としては、相方の芸者のおえん、柳生十兵衛、大久保彦左衛門が同様に登場する。徳川将棋秘帖で登場する豊臣秀頼、大橋宗桂は登場しない。全体的にすっきりとまとめており、短縮してしまっているといっても良いが、二条左近シリーズ第一話としての記念すべき作品に、元となる前作があったことは非常に興味深い。また主人公の女たらし度も増している。ちなみに全四話が収録されているが、第一話は、情艶紀伊いろは谷、第2話 哀艶加賀百万石、第三話 競艶豊後ほとけ道、第四話 秘艶津軽雪舞い である。 このシリーズは、20冊以上もある大作である。
蘭 巴 作品
小説 佐武と市捕物控

1989年1月1日 初版
小学館文庫
定価533円

石ノ森章太郎によるコミックの名作「佐武と市捕物控」を小説化した本書は、その世界を見事に表現している。むしろ登場人物の心理描写が深く描かれており、重厚感を増している。本書には、短編5編が収められており、江戸情緒の中に貧しい浪人夫婦の悲劇を描いた「端午の節句」、本編には佐武の生い立ちと共に、佐武と按摩の市が親友であり、捕物仲間でもあり、将棋と碁の勝負相手であると紹介されている。また、碁は市が師匠であり、佐武の将棋は、せっかちで急く将棋だが、時折打つ手の鮮やかさに市は感嘆するとある。それぞれの人物像に合っており面白い。本編最後は、「市と将棋が指してえ、佐武は思った。」で終わる。重苦しい展開となるが、ここで気分一新という表現である。他、将軍に富士の氷を献上する献上役とこれに関係して私腹を肥やす悪者の話「氷室」、美しい双子の姉妹の片方が殺されたのだが、本当はどちらが殺されたのか、そのを問う「合わせ鏡」、小間物問屋の岩崎屋夫婦が殺されるのであるが、その養女 月絵の行く末と下手人を追う「綾取」、仇討ちに絡み江戸の下町に身を潜める浪人夫婦の生き様を描く「闇の梟」、これらの中には、「一瞬、沈黙が将棋盤の上に鎮座する。」、「将棋盤の上で事件をなぞるのは市の癖」といった随所に将棋を使った表現があり、面白い。

小説 佐武と市捕物控(二)

1989年12月1日 初版
小学館文庫
定価
533円

本書は、石ノ森章太郎によるコミックの名作「佐武と市捕物控」を小説化した第二弾である。前巻同様その世界を見事に表現している。短編5編が収められており、刀鍛冶の行安に、市は仕込み杖の刀の新調を頼むが行安の苦悩が悲劇を生む「火床」、佐武は、雪という女にのめり込むが、雪の心が掴めないでいる。そんな最中、日本橋の酒問屋、灘乃屋の大旦那が殺される。現場には包丁を持った雪が立っていた。2人の行方は如何に「俄雪」、湯屋の女湯の流し場で、毒殺された内儀の背中には鼠の彫り物が・・・「刺青」、菓子舗の兎屋の奉公人お初は、針供養の日に兎屋の娘の足袋から見つかった針を入れた濡れ衣を着せられてしまう。やがてひまを出されてしまうが、兎屋には賊が押入り居合わせた市との斬り合いとなる「針供養」、呉服屋の大野屋の舅を甲斐甲斐しく看病する嫁の鈴衣は、芝居の役者にうつつをぬかす娘が心配で、ある日芝居小屋に行って見るのだが、自分自身が虜になってしまう。そんなある朝、芝居を見るため身支度をしている際、咎めた舅を殴るほどの喧嘩となってしまう。構わず家を空けてしまうが、舅はその日にこと切れてしまう「翁渡し」。全編にわたって、見事に佐武と市、江戸の生活を醸し出しており面白い。将棋に関する記述は少ないが、「刺青」の中に佐武と市が将棋を指すシーンが出てくる。
倉島 竹二郎 作品
将棋太平記

2005年5月30日 初版
河出書房新社
定価1400円

倉島氏は、将棋観戦記者として有名であるが、氏の唯一の長編小説である本作品は、昭和23年から昭和24年に新聞小説として執筆されたものとのことが本書の終わりに復刊にあたっての文を書かれたご子息の倉島優太郎氏により書かれている。また、本書は、昭和24年に、日東出版社より刊行され、その後、昭和49年に光風社書店により再刊、今回、2度目の再刊とのことで、底本を昭和24年版とし、これに、1度目の再刊時に追加された棋譜を加えたとのことである。序文には、菊池 寛、小島政二郎、木村義雄の文が寄せられており、本書を取り巻く良き時代が察せられる。本書の内容は、主人公の将棋指し市川太郎松が、後の名人伊藤宗印となる上野房次郎との将棋に負け、すっかり賭け将棋師になり下がっていたところへ、大橋柳雪に一喝され、目を覚まされて天野宗歩に弟子入りし、厳しい修行の後、再び上野房次郎に真剣勝負を挑むという痛快将棋時代劇である。在野の天野一門と家元派の争いを時代背景に、登場人物を生き生きと描いており、非常に面白い作品である。

山手 樹一郎 作品
うぐいす侍

2005年11月5日 初版
春陽文庫
定価800円

桃太郎侍で有名な山手作品の中で、「将棋主従」という短篇作品がる。主君松平豊後守の将棋の相手をしていた藤田宗介のもとに突然、国元にいるはずの父藤田宗左衛門が現れ息子の切腹を願い出る。してその理由は如何に・・・。宗介は主君の吉原通いの駕籠に従った折、日本堤へ差し掛かった頃、後ろより突然不意をついて追い抜いた他藩の駕籠に主君が悔しがるのを見て、後日、血気盛んな若さゆえその他藩の駕籠に自藩の駕籠を体当たりさせて日本堤の土手下にひっくり返して仕返しをしてしまうのだが、主君共々自慢話にすれ、悪いことをしたなどと毛頭考えていなかったのだ。勘当の身となり藩を離れた宗介が世間に触れ自分のしたことの重大さに気が付くまでを描く本作品は、将棋をうまく話に織り込んだすばらしい作品である。他、「暴れ姫君」、「一年余日」、「うぐいす侍」、「仇討ちごよみ」、「約束」、「槍一筋」、「辻斬り未遂」、「梅雨晴れ」の8篇の人間味溢れる時代小説集。